仙台へ行ったこと、素敵な人と出会ったこと、熱中症になったこと、東京へ行ったこと、久しぶりに先生にあったこと ・・そして、いろいろどうでもよくなったこと。

夏に入ったくらい、弾丸旅行で仙台に、カズ姐さんという心理セラピストのセッションの見学へ行った。
いくつかの出会いの中で、辿り着いた人で、かなり激しいセッションを目にすることになったが、うちの先祖伝来の代々のカルマみたいなものの構造を見抜くことができる大きな答えをもらうことができた。
あの日、うちの家族の抱えてきたすべての現象に説明がついた。わたしが、どうするべきかも。

その後、占星術にもくわしい時間管理の専門家の方と偶然邂逅し、三カ月伴走してもらうことを、自腹でお願いした。エレキギターを弾く時間が欲しい、という気持ちから始まったことだが、それは業務改善や生き方、ひいては代々受け継がれてきてしまったカルマ(生き方や接し方のパターン)的なものまで見直すことにつながってゆく。専門家の方は、仕事や分析のしかただけでなく、ともかく人柄がほんとうに素敵な人で、むしろ友達になりたいと初日に思った。来春、都会へ会いに行く予定。

その後熱中症で三日間入院した時、いろいろ不思議な出来事とともに、先祖からの問題がある程度昇華されたのを感じた。一人だったら、この化学反応は起きてなかったと思う。お二人には感謝しかない。

東京には、投資コミュニティの下見に行った。
一緒に、中学のころからあこがれだったガウディのサグラダファミリア展もみてきて、胸が震えて涙した。
これだけの国家事業がなされる奇跡に。10数年は建築畑でやってきたから、ただの建築だけでもあれだけ大変なのに・・・ この年になって、この業績の意味が、幼かったころよりもずっと・・・よくわかった。

わたしのちっぽけな人生とくらべて、なんという奇跡なのだろう!!深く、感動した。


投資コミュニティの主は、Youtubeのソフトなイメージと違い、リアル自衛隊上がりの、王騎ですかみたいな鬼軍曹な人だった。わたしはものをレントゲンのように見れる殺伐とした人がわりと嫌いでないほうなので、手ごたえとしては悪くなかった。

しかし、そこで出会った人たちとのなかで、一つ致命的に気づいたのは、筋トレをしすぎて、それなりの筋力レベルをはるかに超えてしまっている自分だった。参加者だけでなく、年季の入ってる主催者にまで、コイツ素人じゃないしょみたいなかんじで警戒される始末・・・。いやいや素人だっつーの・・・。

正直、ものすごい孤独と、ここまでの人生への努力を理解されないことへの悲しみ、そしてなにより、正直、激しく面倒くささをかんじた。

帰ってきてから、知識や経験やメンタルを磨くためにここまで学ぼうと一度思ったけど、何日間か静かに考えて、ペーパーアセットは100円株と四季報の読み方本を買って独学することにした。

仲間をつくると効率はかなりいいなと思う。
けど、特に人に嫉妬されたりなんだりは・・・ 正直かなり面倒くさいなという。

やってやれないことはないけど、短い人生、そんなことに使いたくないなと。

そして今日は、2人目に師事した先生の演奏会だった。
笑いとやさしさにあふれた演奏会だった。みんなが幸せをかんじているのがわかった。

そう、先生の繊細な優しさに、あの頃のわたしは救われたんだよなぁとしみじみ思った。

人生や社会のレールからはみ出して、たった5分しか仕事に集中できなかったところから・・・ 文字通り血がにじむような努力や研鑽を経て、たくさんの人との出会いに研磨されて、やっとここまでこれた。

帰り道、本当に思った。

わたしはたぶん、もう、強くも大きくもならなくていいところまで、十分努力したと思うんだよな。
だからこれからは、好きなように生きて、苦手な人からは距離を置けばいい。
力技で認めてもらう必要もないし、愛されるためにあれこれ頑張ることもしなくていい。
アピールすることもない、承認してもらう必要もない。
必要以上につながる必要もない。


うまれてくるとてつもない寂しさに抵抗しないで、ただその感覚をおそれないで受け入れればいいだけだ。

久しぶりの旅先での圧倒的な孤独感を反芻するうち、そのことに気づいた。

この寂しさの中に、わたしにつながる、なにかとても大切なものが在るってことに。

ただ自分でいよう。
そして、すきなひとやことを、たいせつにすればいい。


自然に従っていけばいいんだ・・・


もしかしたら、ほんとうの自由や愛って、わたしが恐れてきた寂しさのなかに、あるのかもしれないね・・・・

DIARY

Posted by とも